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映画『スター☆トゥインクルプリキュア 星のうたに願いをこめて』感想 親のエゴと向き合い、子どもと同じ目線に立つ

2019年12月28日

こんにちは、しょーいです!
10月19日に公開された、映画『スター☆トゥインクルプリキュア 星のうたに願いをこめて』を子どもと一緒に見てきました!
早く観たかったけれど、自分の仕事が多忙でなかなか時間がとれず……。公開終了&ミラクルスターライトに間に合ってギリギリセーフ(^^;

前作『プリキュアミラクルユニバース』は3作品のキャラクターが登場するだけあって、キャラの活躍に重点が置かれてストーリーは軽めでした。
しかし、今作はスタプリキャラクターだけ!
登場人物を絞っただけのことはあり、キャラクター同士の関係性が濃密に描かれていました。

とりわけゲストキャラクターのユーマ、キュアスター=星奈ひかる、キュアミルキー=羽衣ララの3人に集中して作られていましたね。その点、キュアソレイユ、キュアセレーネ、キュアコスモの活躍を見たかった人は物足りなかったかもしれません……。

話を戻すと、ユーマ、ララ、ひかるの関係と成長に力点が置かれた本作。3人は「友達」として描かれていますが、「家族」と見なせる描写が多々あります。
私はララのセリフを聞くたび、「あれ、私も同じことを子どもに言ったような気が……?」というデジャヴュを感じてました(^^;
ララは14歳ですが、故郷の星では成人という設定をうまく活かしたな、と。

ここから、ネタバレ含む感想記事になります。ご注意ください!

未視聴の方向け、ざっくりストーリー解説

いつか独りで歩くときが来る

「おほしさまたんじょうものがたり」の本作。誕生したからには、成長し、ゆくゆくは独り立ちしていかなくてはなりません。

スタプリ映画のメイン客、我らが愛する可愛い子どもたちも成長し、独り立ちの時がやって来ます。
私たちは年齢で「あ~、あと○年もすればこの子は社会人になって独り立ちしていくのね……」と数年単位で心の準備ができます。
しかし、ララ&ひかるとユーマの別れは突然にやって来ます。わかり合えて仲良くなってから、ほんの数日で発覚する衝撃の真実。

ユーマは古い星の終わりによって生まれた、新しい星の子『スタードロップ』。成長したら星になるのです。サイズだけを考えても、地球にずーっととどまり続けることはできません。

ユーマ=『スタードロップ』は非常に珍しいため、高値で売れると宇宙中からハンターも集まってきます。ハンターの驚異だけではありません。スタードロップは成長過程で周囲の環境に強く影響されるため、悪意にさらされれば危険な星になってしまうこともあるのです。
星空警察の刑事・アンはユーマを保護するため、ララとひかるに引き渡しを求めました。

ララは「そんなのいやルン!」と別れを拒みます。「ひかるだって」と同意を求めますが、ひかるはララを否定も肯定もしません。
そのとき、1度は倒した炎系ハンター、バーンが拘束を解きユーマを捕まえます。ハンターの悪意を間近で受けたユーマは一気に成長。地球の側で、真っ黒な星になってしまいました。

ユーマの星は悪意を受けたまま成長を続け、地球を押しつぶそうという勢い。さらに、スタードロップを狙って宇宙中から集まるハンター達。
スタプリメンバーは、ユーマを救うため、地球を守るために宇宙で戦います。

ララは、ユーマが悪い星になってしまったことを「自分のせいだ」と嘆きます。そんなララに、ひかるは寂しさへの共感を示しつつ語ります。「ユーマはどうしたいのか、が大事」と。
ララ達はユーマの気持ちを聞くために、星の中心へ向かう決意を固めました。

ユーマを狙うハンター達だけでなく、ユーマ自身も楽しい時間を忘れたかのように、プリキュア達を攻撃してきます。ソレイユ、セレーネ、コスモが道を切り開き、ユーマの星にたどり着いたララとひかる。

そこで見たものは、ユーマの思い出でした。ララとひかるとユーマ、3人で見た花畑、ギアナ高地、オーロラといった地球の風景。スターとミルキーは悪意を体現した大嵐にのまれるも、ユーマの大好きな『ながれぼしのうた』を歌い、ユーマの闇を払います。

雷と大波で荒れ狂った星は、美しく花が咲き乱れる星になりました。ララとひかるの前に、ララとひかるを掛け合わせたような姿で現れたユーマ。
「これがあなたのなりたい姿なんだね」
ユーマはなりたい星(姿)がある。ユーマ自身の決意を尊重し、ララは別れを受け入れました。

ユーマの成長は、子どもの成長と同じ

繰り返しになりますが、本作はララ、ひかる、ユーマ3人の関係を通じて“家族”や”独り立ち”がしっかり語られています。3人は”友達”として描かれていますが、ユーマは星の赤ちゃん、成長途中です。
「スタードロップは周囲の環境を強く受けて育つ」ということで、育児と重なるシーンがふんだんに盛り込まれていました。

だってユーマは言葉が通じません。まさに赤ん坊。相手が何を考えているか、何に興味を持つか、何が好きなのか、何をしたいのか……すべて周囲が”察する”必要があります。ひかるとララの置かれた状況は、育児中の親を再現しています。

ユーマの姿も、育児を象徴しています。最初は黄色い星粒でしたが、ピンク・緑・イエローのグラデーションがきれいなツインテールの二頭身に成長します。ピンクはひかる、緑はララ、イエローはユーマ自身。つまり、ピンクと緑は親の影響、イエローは子どもが生まれ持った気質と見なせます。

しかし、子どもが成長過程で関わる人間は親だけではありません。先生や友達、ユーチューブの中の人、書籍、テレビ、ゲーム……親以外からもさまざまな影響を受けて子どもは育ちます。劇中でも、ユーマとスタプリメンバーのえれな、まどかとの交流が描かれていました。
善意を持った人だけではなく、悪意を持った宇宙ハンターに強く影響され、真っ黒で巨大な星に成長してしまいます。

親としては、子どもに悪影響なんて与えたくないと思いますよね。じゃあ、悪影響になりそうなモノをすべて払えば良い……というわけには、当然ながらいきません。
酸いも甘いも、歓喜も絶望もあるのが人生です。

それに、悪影響の元は親かもしれません。

ララ=親は自分のエゴに気付く

縛り付けようとしていないか?

ユーマが黒い星になったのは宇宙ハンターの影響だけではありませんでした。ユーマとの別れ=星としての成長を受け入れられないララの悲しみ・不安・戸惑いもキャッチしていたのです。
「ユーマと別れたくない」
ララの想いは、ストレートに言ってしまえば”親のエゴ”です。宇宙ハンター・バーンも「結局、自分が一番なんだよな!」としっかり指摘しています。

「こうなって欲しい」「こうして欲しい」という発想は、相手を自分の思い通りに動かしたいという意思を含んでいます。”欲しい”という文字通り、相手に自分を満たしてもらおうとする行為です。
ララはひかるに指摘されて、自分の思いに隠されていたエゴに気付くことができました。

周囲の環境や親とも言えるララの影響で、真っ黒に染まってしまったユーマ。悪意をぶつけてくる宇宙ハンターだけでなく善意で接するスタプリメンバーも見境なく攻撃する姿を見ると、闇に堕ちた心を救う困難さを感じさせます。

スターとミルキーが星の中心=ユーマの心に達すると、3人が一緒に見た思い出の風景とともに黒雲・雷・大波の嵐が吹き荒れていました。自分が好きなもの、興味あるものを覆い隠すように、周囲の影響に引きずられて迷ってしまう……。
思春期ってこんな感じですよね。反抗期で親にも周囲にも反発しつつ、自分なりに「何が正しいのか」「何が好きなのか」「何を選ぶべきか」必死で道を探しています。

相手の”なりたい姿”を受け入れる

きみの夢はわたしたちの夢

ユーマの荒れた心にのみこまれてしまった、スターとミルキー。暗闇を払ったのは、ユーマお気に入りの「ながれぼしのうた」から始まった『Twinkle Stars』の歌(とダンス)でした。

わたしたちは星 姿形 何もかも違うけど
使命(いのち)みんな持つ
どんな願いもまっすぐ ”本当”を聞かせてよ
だってきみの夢は わたしたちの夢

遙かなプレゼント きみとの記憶が
未来で希望、ちからになる
だから離れても ずっと一緒 大丈夫
きみも同じだといいな

映画主題歌『Twinkle Stars』より

(余談ですが、『Twinkle Stars』の歌詞はすばらしいので是非、一曲まるっと聞いていただけたら!)

「ユーマを助けたい!」と強く願ったプリキュアたちは、「ユーマ自身の夢を叶えることが、わたしたちの夢」と宣言します。
助けると言うと、悪い星から良い星に変えることが目的になりそうなものですが、スタプリメンバーはユーマの気持ちを徹底的に大事にしました。
相手を変えることに必死になるのではなく、信じて、委ねる。

ユーマを狙うハンター=周囲の悪意を全て退けて、「良い星になって!」と導くわけではないんです。それはララが見せたエゴの延長線上でしかありません。ユーマ=当人の気持ちを聞いていない。

親代わりであるひかるとララは、「ユーマには使命がある」「ユーマの夢がある」と確信し、ユーマ本人にその愛情を伝えることで闇を払ったのです。

嵐吹きすさぶ黒い星から一転、ユーマは花で覆われた光り輝く星になりました。ララと過ごした沖縄の花畑を再現。黒い想念に飲み込まれても、ひかるたちと見たギアナ高地やオーロラが心に残っていたように、ララとの記憶が光で満ちたユーマの星が持つ”ちから”になっていました。

「一緒にいて欲しい」ララからも、「俺の金づるになれ」と言わんばかりのハンターからも自由になり、ユーマは自分の”なりたい姿”をプリキュアたちに示しました。
「これがあなたのなりたい姿なんだね」

ユーマの夢を肯定し、別れを受け入れたララとひかる。彼女たちは、ユーマがなりたい姿を実現するために「こうしたらいいよ」などと口出しすることはありません。
ユーマの願望を肯定して受け入れた、ただそれだけです。
だからこそ、ユーマは惑うことなく、まっすぐに自分の理想を叶えることができたのだと思います。

まとめ:自身を識別し、子どもと感動を共有する

心をつなごう

子どもが幼いと、ついつい「こんな子になって欲しい」と導いてしまいがちですが、いつまでも誰かが先導してくれるわけではありません。子ども自身が独りで歩かなくてはならないときが、いつかやって来ます。

しかも、成長の過程では、心を惑わす声があふれています。親の願望、周囲の希望、世間一般の価値観……ララやハンター達が象徴ですね。
そのときに一歩一歩前に進む力は、親子が一緒に過ごした時間から子ども自身が見つけ、身につけていく。闇に呑まれたユーマの中に、ララとひかると3人で過ごした記憶が残っていたように。

何かと忙しい現代、子ども1人で遊んでくれると助かりますが「同じ時間、同じ空間で過ごして同じ感動を味わう」ことも成長には必要です。また、「自分のエゴを抑えて子どもの想いを肯定する」だけの余裕も必要です。当たり前だけど、難しい。そんな現実をしっかり描ききった本作でした。

私自身、子どもを急かしたり叱ったりするのは当たり前でした。
本作を見てからは、声を出す前に少し止まって「これは私のエゴじゃないかな?」「子どもに強制するようなことかな?」と、自分の感情を識別するように。

まぁ、毎日はまだまだ難しくて修行中なんですけど……(・_・)

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